はじめに
英語を学ぶ目的は人それぞれ異なります。コミュニケーションの手段、キャリアアップ、あるいは単純な興味…。しかし、もし英語を学ぶことが、ただ言葉を覚えること以上の意味を持つとしたらどうでしょうか?今回の記事では、「外国語効果」という、言語が私たちの思考過程や意思決定に与える影響についてご紹介します。外国語を使うことで、私たちの判断力や記憶にどのような変化が生じるのか、そしてそれがなぜ重要なのかを探ります。
言語と思考の関係
言語が思考に与える影響は、言語学と心理学の研究分野で長年にわたり議論されてきました。「言語決定論」とは、使用する言語が個人の思考過程、世界観、さらには認知能力に影響を及ぼすとする理論です。一方で、「言語相対論」は、言語が思考や知覚に影響を与えるが、これを完全に決定するわけではないとする考え方です。例えば、色の知覚に関する言語の違いは、私たちが世界をどのように認識し表現するかに影響を与えます。
言語決定論 (Linguistic Determinism)
言語決定論は、私たちが話す言葉が、私たちが世界をどのように見るかを決めるという考え方です。例えば、もしあなたが日本語を話しているなら、日本語が持つ特定の言葉や文法によって、物事を見る方法や考える方法が形成されます。この理論では、言語が私たちの思考や認識を完全に決定すると考えられています。言い換えると、私たちが使う言葉によって、私たちが考えることができることや感じることが制限されるということです。
言語相対論 (Linguistic Relativity)
一方で、言語相対論は、言語が私たちの思考や世界観に影響を与えるが、それがすべてを決めるわけではないという考え方です。たとえば、あなたが話す言葉が、ある色や感情についてを考える方法に影響を与えるかもしれませんが、他にもたくさんの要因が私たちの考え方に影響を与えます。言語相対論では、言語が私たちの世界観や思考に影響を与えると考えられていますが、それが唯一の決定要因ではないとされています。言い換えれば、言語は私たちの世界観を形作る一つの要素にすぎず、他にも多くの要素が私たちの思考や感情に影響を与えるということです。
外国語効果の具体的な例
「外国語効果」は、第二言語を使用することで、私たちの意思決定や思考過程がどのように変化するかを示します。たとえば、シカゴ大学のキーサー教授による「トロリー問題」の実験では、第二言語で考えると、より多くの人が効用主義的な判断を下すことが示されました。また、金融投資に関する意思決定では、第二言語を使用するとリスク回避的な傾向が減少することが分かっています。
道徳的判断に関する研究(トロリー問題の実験):
トロリー問題は、道徳的判断に関する有名な実験です。この実験では、ある列車が5人の人々を轢きそうになっている場面を想像します。あなたはレバーを引くことで列車の進路を変え、1人の人を犠牲にすることで5人を救うことができます。シカゴ大学のキーサー教授による実験では、第二言語で考えた際、参加者は自分の母国語で考える場合に比べて、レバーを引く(すなわち1人を犠牲にして5人を救う)選択をする確率がほぼ2倍になることが示されました。これは、第二言語を使用することで、より効用主義的(最大多数の最大幸福を優先する)な判断を下しやすくなることを示唆しています。
投資や賭けに関する意思決定への影響:
「短視的損失回避」という現象があり、これは人々が小さなリスクを取ることを嫌う心理状態を指します。例えば、$5を確実に得るか、コインを投げて$20を得るチャンスを選ぶかという選択肢があったとき、多くの人は確実な$5を選びます。しかし、キーサー教授の研究によると、人々は第二言語で賭けや投資の決定を行うとき、この短視的損失回避の傾向が減少するという結果が得られました。これは、外国語を使用することで、より感情的でなく、合理的な判断を下しやすくなることを示唆しています。
記憶に及ぼす影響とその具体例:
外国語効果は記憶にも影響を及ぼします。例えば、子供時代のトラウマについて話す際、第二言語で話すと感情的な苦痛やストレスが軽減されることが示されています。これは、記憶が当時使用していた言語と関連付けられているため、異なる言語で記憶を思い出すと、それがより現実感を欠くことになるためです。また、キーサー教授の別の研究では、第二言語で答える人々は、関連する単語のリスト(例:「休息」、「うたた寝」、「ベッド」)を与えられた際、母国語で答える人々に比べて、「睡眠」という間違った記憶(偽記憶)を作り出す確率が低いことが分かりました。これは、学習した言語で考える際には、より注意深く情報を理解し処理するため、正確な記憶を保持しやすくなることを意味しています。つまり、第二言語を使用する際には、より集中して注意深く情報を処理する傾向があるため、偽記憶を作り出すリスクが減少するのです。
外国語を話すことによる個人的な変化
第一言語と第二言語を使い分けることで、人格や行動に変化が見られることがあります。例えば、著者自身は英語を話すときと日本語を話すときで性格が変わると報告しています。このような言語による影響は、多くの人に共通して見られる現象であり、外国語を学ぶことで新たな自己発見ができるかもしれません。
第一言語と第二言語の使用による個性の変化:
多くの人々は、第一言語(母国語)と第二言語(学習した言語)を使用するとき、自分の性格が異なるように感じます。これは、言語が私たちの自己表現や社会的な相互作用に深く影響を与えるためです。例えば、私自身は、日本語を話すときは控えめで重要な決断を下すのに苦労し、どちらかというと真面目になると報告しています。一方で、英語を話す際には自信があり、大胆になれると感じています。もしかしたら皆さんもそのような経験があるのではないでしょうか。
行動の変化:
第二言語を話す際には、新しい言語の文化的背景や価値観が、その人の行動や決断に影響を与えることがあります。著者は、日本語を話すとき、普段ならば考えもしないようなこと(例えば、幼稚園でサンタクロースを演じる、スピーチコンテストに参加するなど)を受け入れることがあります。これは、第二言語を話すことで、異なる文化的文脈や社会的規範に影響され、新しい行動や決断をもたらすことを示しています。
自己発見の可能性:
第二言語を学ぶことは、新たな自己発見につながることがあります。新しい言語を話すことで、自分自身の異なる側面や未知の能力を発見することができます。また、異なる文化的視点や思考の枠組みに触れることで、自分のアイデンティティや世界観を再構築する機会を得ることができます。
これらの変化は、言語学習が単に言語能力の向上にとどまらず、私たちの人格や行動に深い影響を与えることを示しています。外国語を話すことで得られる新たな自己理解や行動の変化は、言語学習の意義をさらに高めるものです。
応用
英語を使った意思決定:
- 金銭的な決断: 外国語効果によれば、第二言語(この場合は英語)で考えることで、より合理的な意思決定が可能になることが示されています。たとえば、投資や貯蓄に関する決断をする際に、英語で考えることによって、感情的な要素を減らし、より客観的で冷静な判断ができるかもしれません。これは、特にリスクを伴う投資判断や、将来に向けた生活資金計画においてとても大切なことかもしれません。
- 重要な選択: 日常生活における重要な決断や選択をする際にも、英語での思考を試みることが有効です。例えば、キャリアの選択、家族計画、または大きな購入について考える際に、英語で情報を整理し、利点と欠点を評価することで、よりバランスの取れた決定が可能になるかも知れません。
英語を使った情報収集:
- ニュースと社会問題: 英語でニュース記事や社会問題に関する内容を読むことにより、異なる文化的、社会的背景からの視点を得ることができます。これは、特に自国のメディアでは報じられない視点や情報を得るのに有用です。また、外国語を使って情報収集することで、自国中心のバイアスから離れ、より客観的な理解を深めることができます。
これらの応用方法は、英語学習者が学んだ言語を実生活に取り入れ、その効果を最大限に活用するための実践的なアプローチです。言語学習がもたらす思考の多様性と客観性を活かすことで、より賢明な決断を下す手助けとなります。
おわりに
この記事を通じて、英語学習が単なる言語習得を超えたものであることが明らかになりました。外国語効果を利用することで、私たちの思考や決断がより広い視野で行われるようになります。英語を学ぶことは、新たな思考の拡張につながるかも??知れません。